SABOの八つの世界   

      シナリオ『アフロディーテ』 10
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○ 下宿屋・矢吹の部屋(夜)
  テーブルの所でコーヒーを前に腰かけている矢吹。
  離れた所に、同じく椅子にかけている佐伯。
矢吹「はあ……信じられん。まるでメロドラマだな。……で、本当に彼女は別れ際に言ったのか、
 『店に寄ってください』って」
佐伯「ああ、そうさ」
  矢吹、再び感心したようにため息をつく。
佐伯「彼女に会ったとき、最初にチラとこんなふうに考えた。これは本当に彼女なんだろうか。
 彼女とそっくりの誰か別人なんじゃないかってね。でも話してるうち、そんなのは全く思いす
 ごしだって納得できた」
矢吹「ああ、そう思うのも無理ないさ」
  とコーヒーカップを口に運ぶ。
佐伯「……(ポツリと)彼女と結婚したいと思う」
  思わずコーヒーを吹き出し、咳き込む矢吹。
佐伯「……おかしいか」
  矢吹、取り出したハンカチで服に付いたコーヒーを拭き、なおも()き込みながら、
矢吹「いや、……別におかしくはないが……しかし……しかし、ものには順序というものが……」
佐伯「じゃ、どうしたらいい」
矢吹「そりゃ……まず、デートに誘うことさ」
佐伯「……どうやって」
矢吹「ん?」
佐伯「……つまり……僕は今まで一人もガールフレンドがいないし……」
矢吹「ふむ、今まで怠けていたツケが回って来たんだな」
佐伯「それに……(と言いよどむ)」
矢吹「……それに?」
佐伯「物心ついてから彼女に出会うまで、一言も女性と話したことがない」
矢吹「(驚いて)何だって?」
佐伯「だから教えてもらいたいんだ。これからどうしたらいいか」
矢吹「ああ、それはかまわんが、しかし、……どうして今まで一言も女と口をきいたことがなか
 ったんだ」
佐伯「……その必要もなかったし、そうしたいとも思わなかった」
矢吹「(唖然(あぜん)として)……信じられん」
                                  (O・L)

○ 紳士服の店・オルフェウスの前の道
  向こうから佐伯がやってくる。緊張した面持ちである。店の前に来ると、恐る恐るショーウ
  インドー越しに中をのぞく。美紀が椅子にかけ、ファッション雑誌をめくっている。佐伯、
  大きく息をつくが、そこに突っ立ったまま中に入るのをためらっている。
  通行人が怪訝そうに佐伯に一瞥(いちべつ)を与えて通りすぎる。
  佐伯、今来た道を数歩引き返す。が、また立ち止まり、何か考えると再び店へ戻る。しかし、
  そのまま入口の前を通りすぎると先へ行く。同じ場所を行ったり来たりする。
                                  (O・L)

○ 同
  佐伯、依然として中に入るのをためらっている。けれども思いきってドアの前へ行く。
  すると、中から客が出てくる。佐伯、そのまま身を翻してそこを離れる。出てきた客、変な
  顏をしてその佐伯を見ている。
                                  (O・L)

○ 同(夜)
  すっかり暗くなった道路は、人通りもほとんどない。
  佐伯は見あたらない。

○ 店の中(夜)
  美紀、椅子にかけたままうたた寝をしている。ドアのベルがチンと鳴ったので目を覚まし、
  反射的に、
美紀「(やや寝ぼけた声で)いらっしゃいませ」
  と立ちあがり、少し寝ぼけまなこで入口の方を見る。
  立っているのは佐伯である。
  美紀、やや意外そうな顏をするが、微笑する。
美紀「はあ、どうも」
佐伯「こんにちは……じゃなくて、こんばんは」
美紀「はあ……(と壁の時計を見て)もう少し早く来てくださったらよかったのに……もう閉店
 の時間ですから」
佐伯「はあ……いや、もっと早く来るつもりだったんだけど、その……(急に話題を変え)あの、
 ちょっと話したいことがあるんだけど」
美紀「はあ……何でしょうか」
  佐伯、店の隅にある椅子とテーブルを見て、
佐伯「かけてもいい?」
美紀「……ええ、どうぞ」
  佐伯、椅子に腰かける。
  美紀、再び時計を見ると、店の裏の方に気がかりそうに目をやる。
  佐伯、あたりの服を見回し、
佐伯「この中には自分で作った服もあるの?」
美紀「いえ、私は紳士服は作りません」
佐伯「あ、そう……じゃ、将来持ちたいというのも婦人服の店なんだね」
美紀「ええ……そうです」
  美紀、やや怪訝(けげん)そうに、なんだか落ち着かない佐伯を見ている。
  佐伯、もじもじしながら話すべきことを話せないでいる。
佐伯「……あの……叔父さんはきょうはいないの」
美紀「……(妙な顏をして)いえ、きょうは叔父さん夫婦は出かけてますけど……」
佐伯「そう……」
  美紀、ショーウインドーのライトを消すと、幕を下ろす。
佐伯「あの……」
美紀「はい?」
  と佐伯の方を向く。
佐伯「……その……今まで何も知らずにこの店の前を通ってたんだ。これは偶然というよりは、
 むしろ何ていうか……」
  裏口のチャイムが鳴る。
  美紀、ギクッとしてその方を振り向き、目を輝かせる。が、テーブルの前のもじもじしてい
  る佐伯を見ると、困ったようにため息をつく。そこで佐伯に近づき、
美紀「あの……きょうはちょっと用があるので、お話ならまた今度にしてもらえませんか」
佐伯「はあ……」
  と言ってため息をつくと、ためらいながら立ちあがる。そして美紀を見ると、再び何か言い
  たげな顏をするが、
美紀「きょうはもう遅いですから」
  結局、佐伯、何も言わずにのろのろと出入口の方へ向かう。そしてドアの前に来ると、再び
  美紀を見て思いきって言おうとするが、
佐伯「……じゃ、きょうはこれで」
美紀「はあ、すいません」
  佐伯、出ていく。
  美紀、裏口の方を振り返ると、目を輝かせてその方へ急ぐ。
  出入口のドアのガラスの向こうに見える歩いてゆく佐伯の後ろ姿。一瞬立ち止まり、店の方
  を気にかける。が、再びとぼとぼと歩き、去る。

○ 同・裏口(夜)
  目を輝かせて出てくる美紀。この細い道の反対側に男が立っている。が、電燈の陰になって
  いて、顏ははっきりとは見えない。
  美紀、笑みを浮かべると、男に近づく。
  抱き合う二人。

○ 下宿屋・矢吹の部屋(夜)
  テーブルの前でうなだれている佐伯。矢吹、顏をしかめてベッドから立ちあがり、
矢吹「なんだって、じゃ、結局何も言わずに帰って来たのか」
佐伯「ああ」
矢吹「どうして」
佐伯「どうしてって……どうしても言うことができなかった」
矢吹「(ため息をつき)あきれたな」
佐伯「つまりその……僕は……自分に自信がないんだ」
矢吹「ん?」
佐伯「つまり……彼女はこの地上における最高の女性だ」
矢吹「(変な顏をするが)……うん、ま、いい、仮にそういうことにしよう」
佐伯「それなら彼女の結婚相手は最高の男性がふさわしい。つまり、ハンサムでカッコよくてス
 ポーツマンで誠実で……とにかく最高の男性さ。ところが僕ときたらハンサムじゃないし、カッ
 コいい男でもない。スポーツはまるでだめだし、その上口べたで動作はぎこちなくて人間嫌
 いの変人で、おまけに実業家を夢見ているのに、今は不動産屋の見習い。どう考えたって愛さ
 れるわけがない」
矢吹「それだけ自分の欠点が並べたてられるなら、口べたとは言えないぞ」
佐伯「(ムッとして)人が悩んでいるのを見てるのは、さぞかし面白いだろうな」
  矢吹、佐伯に近づくと、椅子に腰を下ろす。
矢吹「佐伯、今おまえが言い立てたのよりもっと大きな欠点を教えてやろうか。そうやってつま
 らん理由で尻込みして、この一生に二度とないようなチャンスを棒に振ってしまおうとしてい
 ることさ」
佐伯「……ああ、その上、僕は臆病だ」
  矢吹、どうしようもないというふうにため息をつくと、首を横に振る。そして、噛んで含め
  るように話し始める。
矢吹「佐伯、よく聞け。今まであったことをもう一度よく考え直してみるんだ。まず、最初、カ
 メラ店でおまえは彼女に出会った。そして、そこで女嫌いのおまえが彼女に一目惚れしたわけ
 だ。次に、オリュンポス寺院へ行ったのはその翌日さ。そこで見た例のマリア像は、どういう
 わけか彼女によく似ていた。そしてその帰り道、公園で彼女に偶然出会い、彼女の写真を撮っ
 た。ところが、そのあと彼女はアフロディーテへ行ってしまった。しかし全く偶然にも、おま
 えも仕事のためにアフロディーテへ行くことになった。それから三カ月ほどたって、デザイナ
 ー学院の作品展示会場で、これまた偶然彼女の作品を見つけた。そこで学院の学生に彼女のこ
 とを話して、おまえの名前を()げたわけだ。そして、その学生の友達の友達が菅野美紀で、お
 まえのことが伝えられた。だからこそ、おまえが路面電車に乗っていたとき、彼女は呼び止め
 たのさ。もしその友達から聞いてなかったら、おまえのことを単に他人の空似(そらに)と思ったか、あ
 るいはおまえかもしれないと思っても、考えてるうちに電車は行ってしまっただろう。……そ
 して、ついにおまえと彼女は再会した。そしてそこでわかったことは、彼女は叔父の店を手伝
 ってて、あろうことか、その店はおまえの勤めてる会社と同じ町にあり、しかも、おまえはそ
 の店の前を毎日知らず知らずに通っていたということさ。おまけに彼女は引っ込み思案のおま
 えのためにこう言ってくれた、『よかったら寄ってくださいね』と。……どうだ、佐伯」
佐伯「(考えこんでいる)……」
矢吹「千に一つしかない偶然が二つ重なる確率は、百万に一つ、三つ重なる確率は十億に一つさ。
 じゃあ、この一連の偶然の確率はどうだ。兆に一つか(けい)に一つか、あるいはそれ以下だろう」
  佐伯、いつしか下唇に指先を当て、考えこんでいる。
矢吹「こんなことを小説にしようたってだめさ。評論家からこう言われるよ、『これは現代の小
 説ではない。あまりにも偶然に頼りすぎてる』ってね。でもこれは小説でも映画でもない、現
 実なんだ」
佐伯「(つぶやくように)事実は小説より奇なり、か」
矢吹「しかし俺は考えたんだ。これは単に偶然の積み重ねにすぎないのかってね。もしかして、
 『赤い糸』っていうやつじゃないかって」
佐伯「(妙な顏をして)赤い糸?」
矢吹「うん、前に聞いたことがあるんだけど、結婚する男と女は、その小指と小指が生まれたと
 きから目に見えない運命の赤い糸でつながれてるっていうのさ。もちろん、くだらないことだ
 と考えてたさ、今までは。俺は運命なんて信じないタチだしな。しかし、こうまで偶然が重な
 ると、妙な気持になる」
佐伯「……赤い糸か」
  佐伯、沈んでいた表情に少しずつ生気が戻ってきている。
矢吹「ああ、もしそうだとしたら、彼女から逃げようたってだめだぞ。結ばれる運命なんだから」
佐伯「(顔がほころぶ)いや、そんな」
  と立ちあがると、必死に何か考えながらベッドの方へ行く。
佐伯「いや、今までも何か、何か不思議な力が働いていることは感じていたけど、生まれたとき
 から彼女と結ばれる運命だなんて、そこまでは思いつかなかった」
矢吹「ああ、しかし、それならおまえほどの果報者はいないぞ。男にとって、理想の女性と結ば
 れるほどの幸福はないからな」
佐伯「(目を輝かせ)ああ、そうさ。矢吹、前に話したろ、僕はこの世に生まれてから本当に幸
 福だったことは一度もないって。でも、もしそうなら、生まれて初めて本当に幸福になれるん
 だ。それも信じられないような幸福さ」
  矢吹、佐伯の打って変わった希望に満ちたような様子に、いささか呆気(あっけ)にとられている。
佐伯「もし彼女と結ばれたら、きっと性格も変わる。()けてもいい。もっとずっと明るい人間に
 なる」
矢吹「……ああ、そうかもしれないな」
佐伯「前の会社だって失敗してよかったんだ。もしうまくいってたら、彼女と再会できなかった
 しな」
  佐伯、矢吹に近づくと、その両肩に手を置き、友情のこもった眼差しで矢吹を見つめる。
佐伯「どうもありがとう。なんだか勇気が湧いてきた。……君は本当に親友だ」
矢吹「(呆気にとられている)……」
佐伯「……おやすみ」
矢吹「……ああ……おやすみ」
  佐伯、身を翻すと、外へ出ていく。
  矢吹、ため息をつくと、あきれたように首を左右に振る。

○ 同・佐伯の部屋(夜)
  暗い。入ってきた佐伯、電気を付ける。物思いにふけりながらベッドまで歩き、腰を下ろす。
  しかし何か思いつき、立ちあがるとタンスの引き出しから写真立てを取り出す。その中には
  美紀の写真が入っている。再びベッドに腰を下ろすと、それを愛情を込めた眼差しで見つめ
  る。それに口づけをする。それを胸に抱きしめ布団にもぐると、激しい想いに耐えきれずに
  うめき声を出す。
                                  (O・L)


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