SABOの八つの世界   

      シナリオ『アフロディーテ』 6
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○ オリュンポス寺院
  一面の銀世界。降りしきる雪を通して、雪をかぶったオリュンポス寺院の巨大な姿が、やや
  かすんで見える。寺院の周囲の半径百メートルあまりは、樹木のほとんど茂っていない小高
  くなった部分であり、さらにその外側は広大な森が続いている。
  矢吹と佐伯が、雪の中を歩きにくそうにやって来る。寺院の前に到着すると、鞄を肩にかけ
  ている佐伯は、雪が入らないように目を細め、この建物を見あげる。が、矢吹に(うなが)され
  て入口へ行く。
  矢吹が体全体で扉を押す。すると大きな扉は、徐々に(ひら)き始める。扉が三十センチ程度あく
  と、矢吹はその間から中に入る。佐伯もそれに続く。

○ 同・礼拝堂
  矢吹が扉を閉じている間、佐伯はコートのフードを取り、肩の雪を払い落とす。そして礼拝
  堂全体に目をやると、呆然として立ちすくむ。
  その巨大さ、荘厳さに打たれたのである。礼拝堂は、この寺院の屋根まで、すなわち三階ま
  で吹き抜けになっているが、普通の建物なら優に五階の高さはある。そしてその天井には、
  一面に華麗な装飾画が(ほどこ)されている。両側にそれぞれ一列に並んだ太い柱は、二階、三階の
  廊下を支えている。そして、ステンドグラスから差し込む雪明かりが、礼拝堂全体に神秘的
  な雰囲気を漂わせている。
  佐伯、天井を見あげながら、ゆっくりと奥の方へ進む。さっそくカメラを鞄から取り出し、
  ストロボを付け、位置を変えながら二、三枚写真を撮る。が、
 「おい」
  という矢吹の声に、撮影を中止してその方を見る。
矢吹「あれが例のマリア像さ」
  佐伯、矢吹が目で示した礼拝堂の奥に目をやる。すると、その視線はそこに釘付けになる。
  そこにあるのは、二メートルほどの台に()った二メートル以上ある大理石のマリア像。まさ
  しく、この映画の最初にタイトルバックに出てきた美紀に似たマリア像である。
矢吹「マリアというより、ギリシャ神話の女神みたいな顔だろ」
佐伯、なぜか恐る恐る、しかし吸い寄せられるように、そのマリア像に近づいてゆく。
近づくにしたがって、その顔は()てついてゆき、像の前に立ち止まると、何か大きな感動にとらわれたように、それを見あげたまま微動だにしなくなる。
 「おい、写真を撮らないのか」
という礼拝堂内に響く矢吹の声に、佐伯、ギクッとして我に帰ると、何か気の進まない様子でカメラのレンズを望遠に替え、構える。が、ファインダーからマリア像の顏を見ると、なぜかなかなかシャッターが押せない。指先に力を入れると、今度は手が震えてくる。仕方なくカメラを下げて、気を落ち着かせようとする。
怪訝(けげん)な顏をして、それを見ている矢吹。
佐伯、再びカメラを構える。が、今度はますますひどく震える。

矢吹「どうしたんだ……」
  矢吹、佐伯に近づいてきて、その前に片手を差し出す。
  動揺している佐伯、黙って矢吹にカメラを手渡す。
  矢吹、マリア像にカメラを構えると、難なく撮る。そして、何でもないじゃないかという顔
  で佐伯を見る。
  目を伏せる佐伯。
  矢吹、位置を変えてさらに二枚撮り、カメラを佐伯の所に持ってくる。そしてそれを差し出
  しながら心配そうに、
矢吹「大丈夫か」
佐伯「(元気なく)……ああ」
  と言ってカメラを受け取る。
矢吹「上へ行こう」
  と階段の方へ向かう。
  佐伯、マリア像を気にかけながらも、矢吹のあとに付いてゆく。
  すると矢吹、急に何か思い出したように立ち止まり、佐伯の方へ向き直る。
矢吹「ところで佐伯、あのマリア像にまつわる伝説については、まだ聞いてなかったな」
佐伯「(緊張した面持ち)……ああ……」
矢吹「(マリア像を見て)あの右腕を見てみろ」
  佐伯、見る。
矢吹「妙になまめかしいだろ。ある男が一人の女性を熱愛していたとする。そして、その男がそ
 の女性の手を握った手であのマリア像の手を握る。すると二人は必ず結ばれるというのさ」
  佐伯、それを聞くと、心を動かされた様子で再びマリア像の手に注目する。が、照れ隠しの
  ためか、わざと馬鹿にしたように、
佐伯「……くだらない」
矢吹「(微笑して)ああ、くだらないさ」
  と階段の方へ向かう。
  佐伯、再び真剣な面持ちでマリア像を注視するが、すぐに矢吹のあとを追う。

○ 同・屋上・出口
  この映画の最初に出てきた、壁に十字架にかけられたキリストの小像のあるあの場所である。
  階段を登ってくる矢吹と佐伯。佐伯、キリストの小像に注目する。
  矢吹、ドアをあけると、屋上を見て、
矢吹「おい、雪がやんだぞ」
  屋上へ出る二人。

○ 同・屋上
  確かに雪はもうすっかりやんでいる。この屋上の四隅には小塔があり、その外側を取り巻い
  ている階段で上へ登れるようになっている。そして、それらの天辺には、パリのノートルダ
  ム寺院にあるような怪物像が載っている。
  矢吹と佐伯、屋上の端までやって来ると、広大な純白の森をながめる。
矢吹「おい、見事なながめじゃないか。こんな寺院をを閉鎖しとくなんて、全く馬鹿げてるぜ。
 しかし、今のところこの中にいるのは俺たちだけなんだから、俺たちがこの寺院の持主みたい
 なもんだな。……(佐伯を見て)おい、写真撮らないのか」
  物思いにふけっていた佐伯、
 「……ああ」
  と元気ない様子で答えると、あまり気が進まなそうに小塔を見あげ、登る。
  そして怪物像を撮るが、再び何か物思いにふける。
矢吹「しかし、考えてもみろよ。この中を入場料を取って観光客に見せれば、恐ろしく(もう)かるぜ。
 入場料が一テミス五十ディケイとて、入場者が一日千人なら千五百テミス、それが一カ月で、
 ええと……」
 「矢吹」
  と呼ぶ佐伯の声に、矢吹、振り返る。佐伯はすぐそばに来ている。
矢吹「ん?」
佐伯「……あのマリア像のことだけど……僕はその……(と、やや言いにくそうに)前にあれを
 見たことがある」
  矢吹、妙な顏をするが、すぐに笑い、
矢吹「何言ってるんだ。あのマリア像は俺たちが生まれる前からここに有ったんだぜ。一度も持
 ち出されたことはないんだ。……写真じゃないのか」
  佐伯、考えるが、
佐伯「……いや、写真じゃない」
矢吹「……気のせいさ。じゃなければ、何か似たような像と混同してるんだろう」
佐伯「……」
矢吹「……ふむ、そんなにあのマリア像に関心があるんなら、あれにまつわるもう一つの伝説に
 ついて話してやろうか」
佐伯「もう一つの伝説?」
矢吹「うむ、もっとも、それはあの像を造った彫刻家に関するものだけど」
佐伯「……どういうんだい」
  このあと矢吹は、時々立ち止まりながらも、小塔の階段を登りながらその伝説を物語る。佐
  伯はそれを熱心に聴きながら、あとに付いてゆく。
矢吹「今から二百年ほど前の話さ。あのマリア像を造った彫刻家は、当時はまだ二十代だったん
 だが、天才と言われていた。もしあの事件がなければ、彼の名は歴史に刻まれていただろう」
佐伯「あの事件て?」
矢吹「つまりその……彼は当時、徹底した女嫌いで通っていた。ところがある日、ある女性に(ひと)
 目惚(めぼ)れしてしまったのさ。(やや佐伯に当てつけて)女嫌いがひとたび女に惚れると、その想
 いはかえって凄まじいものになるらしい」
佐伯「(目を伏せる)……」
矢吹「彼は当時あのマリア像の制作を依頼されていたんだが、彼女への激しい愛情と芸術への情
 熱のすべてを込めて、あれを造った。つまり、あのマリア像のモデルはその女性だったんだ。
 ところが、彼女はほかの男と結婚してしまった。彼は失恋したわけだ。そして、そのショック
 で発狂して、生涯を精神病院で送ったのさ。……もっとも、精神病院とはいっても、当時のは
 牢獄に等しいものだったらしいが」
佐伯「……」
矢吹「そして問題はだ、彼がそこで死んだときのことなんだ。いまわの(きわ)に、妙なことを口走っ
 たっていうんだ。もっとも、狂った人間が妙なことを言うのはあたりまえだが、その時の彼は、
 まるで霊感を得たようで、また、その言葉には真実の響きがあったので、それを聞いた者は思
 わず背筋が寒くなったということさ」
  矢吹、ここで話を休止して雪つぶてを作ると、それを怪物像の目にぶつける。
佐伯「……で、何て言ったんだい、彼は……」
矢吹「天才彫刻家はこう言ったのさ。自分はやがて生まれ変わる。そして、同じく生まれ変わっ
 た彼女と結ばれるだろう。それは今から二百年後だ」
  佐伯、何かショックを受けた様子で目を伏せる。
矢吹「ふん、たわけた話さ。しかし、ちょっと面白いだろう」
  と言ってさっさと小塔の階段を下りると、建物の出入口の方へ行こうとする。
  が、ぼんやりと物思いにふけっていた佐伯、我に帰ると、急いで矢吹を追い、呼び止める。
佐伯「……しかし、矢吹」
  矢吹、立ち止まると、佐伯の方に向き直る。
佐伯「もし……もしもその男が本当に生まれ変わったとしたら、今現在、この世にいるかもしれ
 ないな」
  矢吹、佐伯の言葉にやや意外な顏をするが、
矢吹「……ああ、そうだな。(ややいたずらっぽい目になり)……その男があのマリア像を見た
 ら、どう思うかな。(佐伯の手をチラと見て)手が震えるかな」
  と言って、笑いながら建物の中に入る。
  佐伯も笑おうとするが、その表情は笑顔とならずに凍てつく。

○ 同・三階の廊下
  矢吹、階段を下りてくる。
  すると急に、二階との間の階段の方から男の声が聞こえてくる。
声A「……おい、しっかり持て。上の方をもっと持ちあげろ」
  矢吹、変な顏をして立ち止まると、あとからやって来た佐伯を手で制止して、唇の前に人指
  し指を立てる。そして、怪訝な顏をしている佐伯を押し戻しながら、踊り場まで後退する。
  四人の男たちが、二つの直方体の木箱を重そうに運んでくる。しかし、佐伯と矢吹の位置か
  らは、その箱と彼らの手足が見えるだけである。男たち、こちらからは全く見えない礼拝堂
  に面した廊下の方へ行く。
  怪訝そうに顏を見合わせる佐伯と矢吹。
  礼拝堂側の廊下から、さっきとは別の男の声がする。
声B「これで全部か」
声A「はい」
声B「よし、すぐに戻れ」
  五人の男たちが奥からやって来て、階段を下りる。
  矢吹、佐伯に合図して、足音を忍ばせて廊下へ下りてくる。そして二階へ下りる階段をのぞ
  くと、下りてゆく男たちが下の方に見える。矢吹、次に、礼拝堂に面した廊下の方へ行く。
  佐伯もあとに続く。そして二人、身を低くこごめ、木製の欄干の間から礼拝堂を見下ろす。
  すると、五人の男たちが外へ出ていくのが見える。
  矢吹、上体を起こすと、あたりを見回し、目の前にある部屋のドアをあける。

○ 同・三階の部屋
  中をのぞいた矢吹と佐伯、狐につままれたような表情をする。そして、おずおずと中に入っ
  てくる。
  この部屋の中には、同じような直方体の箱が何十も積まれているのである。
佐伯「……何だろう」
矢吹「……わからん。……しかし、何か物騒な物らしい」
  佐伯、何か考えると、カメラにストロボを付ける。
  矢吹、それを見ると妙な顏をし、
矢吹「おい、何を撮るんだ」
佐伯「証拠写真さ」
  とカメラを箱の方へ向け、シャッターを切る。ストロボの閃光(せんこう)で真っ白になる画面。

○ 路面電車の中
  座席に佐伯と矢吹がかけている。
矢吹「あそこの扉の鍵がなぜ壊れてたのか、これでわかった。奴らがあそこを隠し場所にしてた
 のさ。あの箱の中身のな。……とにかく君子危うきに近よらず。あんな所へはもう二度といか
 ないほうがいい」
佐伯「……」


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