SABOの八つの世界   

      シナリオ『アフロディーテ』 12
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○ 別の表通り
  人通りの多い歩道を、コートを着た佐伯が足早にやって来る。遠くに買い物袋をを持った美
  紀の後ろ姿を見つける。真剣な面持ちであとを追う佐伯。

○ 裏通り
  同じく美紀のあとを付けている佐伯。美紀は後ろ姿が見えるだけである。

○ 別の裏通り
  佐伯、依然として美紀のあとを付けているが、先ほどとは異なり、美紀との間隔を十メート
  ルほどに詰めている。
  突然、六十代の女性が美紀に近づき、道をたずねる。
女性「あの、ちょっとすいませんが……」
美紀「(立ち止まり)はい」
女性「この辺にケイリス観光という会社はありませんでしょうか」
美紀「ケイリス観光?」
女性「はい、あの、何か大きなビルだそうなんですが」
美紀「さあ……ちょっと存じませんけど……」
女性「あ、そうですか、いえ、どうも失礼しました」
  この二人の会話の間、佐伯はどうしていたか。まず、美紀に女性が近づいたとき、一瞬ギクッ
  として立ち止まった。しかし、そのまま立ってるわけにもいかず、歩いて二人を追い越し
  た。追い越すとき、初めて間近に美紀の顏を見、その女性が間違いなく美紀であることを確
  かめた。そして数メートルほど過ぎると、立ち止まり、思いきって振り返った。
佐伯「(女性に)あの……」
  二人、佐伯の方を見る。
佐伯「(二人に近づきながら)ケイリス観光なら表通りにあります」
  佐伯、女性に話しながらも、全神経を美紀に集中させている。
女性「表通り?」
佐伯「はい。(道を指さし)そこの角を曲がって百メートルほど行くと、表通りに出ます。そこ
 を左に曲がって二百メートルほど行くと、左にケイリス観光のビルがあります」
  佐伯が話している間、美紀は佐伯の顏を見て、一瞬何か感づいたような表情をする。が、気
  のせいだと思ったのか、すぐに普通の顔に戻る。
女性「(うれしそうに)そうですか。いえ、どうもありがとうございました」
佐伯「いえ」
  美紀、微笑してその場を離れる。
  女性も反対の方向に去る。
  佐伯、美紀の方に向き直ると、離れてゆく美紀に、
佐伯「……(はっきりした口調で)……美紀さん」
  美紀、驚いて立ち止まると、おずおずと振り返る。
佐伯「……ですね」
  美紀、あっけにとられたような顔で、
美紀「……はあ……いえ……あの……」
  美紀、徐々に佐伯を思い出してきているらしく、その表情に微笑が混じってくる。
美紀「……さっき私、どこかでお会いした方じゃないかと……いえ、ちょっと待ってください。
 今、思い出しますから」
  美紀、昔のような快活さで話しだす。それを佐伯、目を輝かせて見つめている。
美紀「ええと……石川さんでしたっけ」
佐伯「(やや失望して)いえ、違います」
美紀「じゃあ……柳沢さん?」
佐伯「(かなり失望して)……いえ」
美紀「じゃ、久保田さんじゃなかったですか」
佐伯「いいえ、そうじゃありません」
美紀「ええと……」
佐伯「……(もうあきらめて)佐伯です」
美紀「……佐伯さん?」
佐伯「はい」
美紀「……(やっと思い出して微笑する)ええ、そうです。佐伯さんでした。今、思い出しました」
佐伯「おひさしぶりです」
美紀「いえ……ほんとうに……この辺にお住まいなんですか」
佐伯「いえ、住んでるのはここじゃありません。きょうは仕事の関係でこっちへ来たので。さっ
 きの人が尋ねていたケイリス観光っていうのは、うちの取引先でして」
美紀「はあ……あの、観光会社にお勤めなんですか」
佐伯「いえ、私が経営してるのは不動産会社です」
美紀「(驚いて)……じゃ、社長さんなんですか」
佐伯「(照れくさそうに)いえ……たいしたことないんですが」
  あの鬼社長が、美紀の前では、まるでうぶな少年のようである。
美紀「はあ……」
 「ママ」
  と呼ぶ少年の声に、二人、その方を振り向く。
  やって来たのは、美紀の十六歳の息子の正夫である。
  正夫、チラと佐伯を見ると美紀に、
正夫「留学推薦の試験に合格したよ。あとは面接だけだから、先生も多分大丈夫だろうって」
  佐伯、美紀と息子の会話の間、複雑な表情で二人の顏を見比べている。
美紀「(うれしそうに)そう、よかったわね。でも正夫が外国にいっちゃうと、パパと二人だけ
 になってさみしいわ」
正夫「来年、兄さんが帰ってくるよ、大学に合格すれば」
美紀「そうだといいけど。(佐伯に)下のほうの息子の正夫です。(正夫に)こちら佐伯さん。
 ママが昔会ったことのある方なの、今、偶然お会いしたの」
正夫「(佐伯に会釈する)はあ、どうも」
佐伯「こんにちは」
正夫「(美紀に)じゃ、僕、先に帰るよ。荷物持ってくよ」
  と美紀の買物袋に手を出す。
美紀「そう、じゃ、お願い」
  と袋を渡す。
正夫「きょうは店は吉川さん?」
美紀「いいえ、きみちゃんよ」
正夫「なんだ、吉川さんなら英語聞きたいところがあったのに。きみちゃんじゃ、てんで話にな
 らないんだから。じゃね」
  と、去っていく。
  それを見送っていた佐伯、美紀に、
佐伯「……お子さんはお二人ですか」
美紀「はい。兄のほうは全寮制の高校に行ってます」
佐伯「(感慨深げに)そうですか。男のお子さんがお二人ですか……」
美紀「……(ややいたずらっぽい目で)佐伯さんはお子さんは何人いらっしゃるんですか」
佐伯「……私は子供はいません」
美紀「(意外な表情)……はあ」
佐伯「(真剣な眼差しで美紀を見つめ)……妻もいません……独身です」
美紀「(唖然として)……はあ……」
  佐伯、気まずくなって話題を変える。
佐伯「……あ……先ほどお子さんが言ってた店というのは何なんですか」
美紀「はあ……あの、婦人服の店をやってますので」
佐伯「婦人服?」
美紀「はあ、小さな店ですけど」
佐伯「そうですか。(微笑して)アフロディーテ服飾デザイナー学院の出身でいらっしゃいます
 からね」
美紀「(びっくりして)はあ……よく覚えてらっしゃいますね」
佐伯「ご主人と一緒にやってらっしゃるんですか」
美紀「いえ、主人は会社員です」
佐伯「そうですか。……あの……よかったらお店を見せていただけますか」
美紀「(微笑して)見ていただけますか」
佐伯「ぜひ、お願いします」
美紀「じゃ、あの、すぐそこですので」
佐伯「はあ」
  美紀、歩き始める。佐伯も並んで歩く。佐伯、近くの雪の積もった公園を感慨深げにながめ、
佐伯「憶えてますか。二十年前、あなたが公園で仲間と遊んでたときも、きょうみたいな雪でし
 た」
美紀「(首をかしげ)さあ……ちょっと……」
  佐伯、公園の石の囲いの側に行くと、その上の雪に手をうずめ、
佐伯「こんなふうにして、二人で罰ゲームをやらされた」
美紀「そうでしたっけ。いえ……ちょっと昔のことなので……」
佐伯「(残念そうに)そうですね。なにしろ二十年前のことですから」
美紀「ずいぶん素晴らしい記憶力をお持ちですのね」
佐伯「……いえ……その……何度も思い返してましたので」
美紀「(変な顏をして)……はあ」
佐伯「……いえ、憶えてなくて当然です。憶えているほうがおかしいんです」
  そう言うと、佐伯、歩きだす。
美紀「(妙な顏をして)はあ……」
  と佐伯に続く。

○ 美紀の店の前
  佐伯と美紀、やって来る。
  佐伯、その店の『アフロディーテ』という看板を見て、
佐伯「(つぶやく)アフロディーテ……」
美紀「出身校の名前から取ったんです」
佐伯「いい名前だ。どのくらい前からやっておられるんですか」
美紀「四年前からです。自分の店を持つのが長年の夢だったんです」
  美紀、入口のドアをあける。

○ 美紀の店の中
  美紀に続いて佐伯が入ってくる。
  若い女店員がいる。
女店員「おかえりなさい」
  そう言ってチラと佐伯を見る。
美紀「きみちゃん、きょうはもういいわ。ちょっとお客様に紅茶を入れてくれない」
女店員「はあ」
  女店員、再び佐伯をチラと見て奥へ行く。
  美紀、コートを脱ぎながら、
美紀「どうぞ、そちらへおかけください」
  と店の隅に置いてある椅子とテーブルを示す。
  佐伯、その方へ行く。
美紀「ちょっとお待ちください」
  とコートを手に持って奥へ去る。
  佐伯、椅子に腰をおろすと、あたりを見回す。商品の服、ショーウインドー、レジ、壁、天
  井、床。それらの一つ一つが、果たして夢なのか現実の光景なのかわからない、というよう
  な表情である。そしておもむろに立ちあがると、商品のドレスに近づき、その一つに、それ
  が幻でないことを確かめるかのように触れてみる。
  美紀が再び現れる。
佐伯「これは皆、ご自分で作られたんですか」
美紀「いえ、それはメーカー品です」
  美紀、ウインドーのそばにある服の所へ行き、
美紀「これは一応私が作ったんですが」
  佐伯、そこへ行くと、その服の一つに触れる。
佐伯「ご自分でデザインして、ご自分の手でお作りになったんですか」
美紀「(やや照れて)はあ」
  佐伯、その服をハンガーから外してながめ、
佐伯「……これ……ください」
美紀「(微笑して)はあ、……よろしいんですか」
佐伯「はい、ぜひ」
美紀「あの……サイズはこれでよろしいんでしょうか」
佐伯「は?」
美紀「あの……これを着られる方の……」
佐伯「(困る)……はあ……その……別に着る人がいるわけではないんですが……」
美紀「いえ……それじゃ悪いですわ」
佐伯「いえ……その……別に義理で買おうというわけではないんです。ただ、このドレスが非常
 に気に入りましたので……その……本当です。……だめですか」
美紀「いえ……」
佐伯「じゃ、売っていただけるんですね」
美紀「はあ……それが商売ですから」
佐伯「どうもすいません」
  美紀、おかしくなって、
美紀「本当によろしいんですか」
  そう言いながらレジの方へそのドレスを持っていく。
  女店員が紅茶を持って入ってくる。それをテーブルの上に置きながら、
女店員「あの、どうぞ」
佐伯「はあ、どうも」
  佐伯、そう言いながらも、ドレスを包装している美紀を見つめている。
  女店員、奥の方へ去る。
  佐伯の近くの入口から一人の男が入ってくる。美紀の夫である。
美紀「(微笑して)お帰りなさい」
夫 「ただいま」
  夫、自分を見つめている佐伯にチラと黙礼して、奥へ行こうとする。
  美紀、その夫に、
美紀「あの、あなた、こちら昔私が会ったことがある方で、佐伯さんておっしゃるの。さっき偶
 然出会って、店を見たいとおっしゃるので」
夫 「(佐伯に)そうですか。これは初めまして」
佐伯「いや、こちらこそ」
美紀「不動産会社を経営なさってるんですって」
夫 「不動産会社……」
  と何か考える。
  美紀、包装したドレスを佐伯の所に持ってきて手渡す。
美紀「おまちどうさま」
夫 「あの、不動産会社というと、もしかしたら佐伯不動産の……」
佐伯「はい、そうです」
  夫、微笑して佐伯に近づき、
夫 「いや、そうですか。いえ、佐伯不動産の社長さんとお知り合いになれるとは光栄です」
  と手を差し出す。
  佐伯、落ち着かない様子で握手する。
佐伯「……どうも」
  女店員がコートを着て出てくる。
女店員「じゃ、失礼します」
美紀、夫「ごくろうさま」
  女店員、外へ出ていく。
  佐伯、依然として落ち着かない様子で美紀に、
佐伯「あの、おいくらでしょうか」
美紀「八十七テミスです」
  佐伯、札を美紀に渡す。
美紀「百テミスお預かりします」
  とレジの方へ行く。
佐伯「あの、釣はけっこうです」
美紀「(顏をしかめ)いえ、それは困ります」
佐伯「いや、このドレスは八十七テミスでは安い。百テミスでも安すぎるくらいです。どうぞ取
 っておいてください」
美紀「でも……」
  佐伯、もうそこにいたたまれなくなったように、
佐伯「じゃ、どうもお邪魔しました」
  と出入口の方へ向かう。
美紀「あの……」
  佐伯、振り返る。
美紀「……紅茶も入ってますから……」
佐伯「いえ……あの、せっかくですが、きょうはこれで失礼します。では、どうも」
  とせわしなく出ていく。
  美紀、夫に近づくと、ショーウインドーの向こうに見える去ってゆく佐伯を、やや呆然とし
  て見送っている。
夫 「佐伯不動産ていうのは、今凄い勢いで伸びている会社だ。そこの社長っていうのは、大変
 な金持だって聞いている」
美紀「……はあ……」
                                  (O・L)


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