SABOの八つの世界   

      シナリオ『アフロディーテ』 18
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○ 佐伯邸・玄関
  チャイムが鳴る。下男がやってきて、ドアをあける。
  星である。
下男「これは星様、いらっしゃいませ」
  星、やや(きび)しい表情で、
星 「矢吹専務がこちらにいらしてるはずだが」
  下男、動揺するが、平静を装い、
下男「……いえ、いらしてませんが」
星 「(妙な顏をして)来てない? それは変だな。電話したら、こちらへ行ったって聞いたか
 ら来たんだ」
下男「しかし……いらしてませんが」
星 「ふむ……(と考え)じゃ、途中どこかへ寄ってるのかな。ま、とにかく待たさせてもらう
 よ。夜分遅くすまんが、緊急の用事なんでね」
  と中へ入るとコートを脱ぎ、下男に渡す。
  それを受け取った下男、困ったような顏をしている。

○ 同・居間
  星、入ってくると椅子に腰かける。そして、いらだたしげな視線をあたりに投げかける。

○ オリュンポス寺院・礼拝堂
  扉の内側に、机と椅子でうずたかくバリケードが築かれている。

○ 同・三階の一室
  木箱のふたがクギ抜きでこじあけられ、中から幾列(いくれつ)にも並んだピストルが現れる。
  やや離れた所に立ち、不安そうにそれを見つめている美紀。
  佐伯、クギ抜きを下に置くと、箱の中からピストルを取り出す。すると、その下からは弾薬
  が出てくる。
  この部屋は、二十年前に男たちが木箱を運び込んでいた、あの部屋である。現在も同じよう
  に、数多くの木箱が積まれている。
佐伯「(ひとり言のように)これだけあれば充分すぎるな。奴らをやっつけるには」
  それを聞いた美紀、不安と不可解さの入り混じった表情をする。

○ 同・屋上・出口
  壁にキリストの小像のあるあの場所である。
  佐伯と美紀が階段を登ってくる。佐伯は木箱を抱えているが、その中には十丁ほどのピスト
  ルと、かなりの数の弾倉が入っているだけである。
佐伯「その辺に腰をおろしてください」
美紀「はあ」
  と言って床に腰をおろす。美紀、依然として佐伯のコートで体を覆っている。
  木箱を持って屋上へ出る佐伯。

○ 同・屋上
  いつの間にか雪はやんでいる。
  佐伯、屋上の端に来て木箱を下ろすと、地上の方へ目をやる。しかし、まだギャングたちは
  来てないようである。
  佐伯、木箱の側にしゃがむと、弾倉をピストルに次々と装填しながら、それをポケットや内
  ポケットにしまう。

○ 同・屋上・出口
  再び佐伯が入ってくる。そして、立ったまま美紀に話しかける。
佐伯「……美紀さん、実はその……あなたにお()びしなくてはなりません。というのも、あなた
 が誘拐されたのは私のせいなんです。ギャングが私を脅迫するためにあなたをさらったんです。
 偶然ここにあなたがいるのがわかって助けに来たんですが、結局またこうして閉じ込められて
 しまった」
美紀「はあ……。あの、ちょっとお(うかが)いしたいんですが、私のあのとてつもない借金を肩代わり
 してくれたのは、もしかして佐伯さんですか」
佐伯「……ええ。でも残念なことに、もうこれ以上払うことはできません。というのも、ある陰
 謀にかかって、自分の財産を処分する権利も、会社に対する権利も、失ってしまったからです」
美紀「……私のために」
  佐伯、考えるが、
佐伯「……いえ、私のためです」
  やや不可解な顏をする美紀。
  すると佐伯、なぜか楽しげに笑いだす。
  それを見て美紀、あっけにとられている。
  が、佐伯、急に笑うのをやめると、美紀の顏を真剣に見つめ始める。

○ 夜空
  雲に切れ目ができて、その間から満月がのぞいてくる。

○ 寺院・礼拝堂
  ステンドグラスから月光が差し込み、大理石のマリア像をくっきりと浮かびあがらせる。

○ 同・屋上・出口
  ここにある小さなステンドグラスから月光が入り込んで、それがちょうど美紀の顏を照らし
  ている。それはまさに礼拝堂のマリア像に生命が吹き込まれたもののように見える。
  佐伯、そのあまりの美しさに射すくめられたように、しばらくは声も出せず、見つめている。
  が、ようやく口を開く。
佐伯「……美紀さん……一つあなたにお願いがあります」
美紀「(怪訝そうに)……何でしょう」
佐伯「その……(と言いにくそうに)あなたには夫がいるのに、こんなことを言うのは非常識で
 失礼でしょうが……その……つまり……こういう説があります。人間は死んだあと、再び生ま
 れ変わるという。もちろんまだ科学的に証明されたわけではないし、荒唐(こうとう)無稽(むけい)だといえないこ
 ともないが、可能性はゼロじゃない。だから、もしあなたと私が何百年のちか、あるいは何千
 年のちに生まれ変わって再び出会ったとしたら、いや、そんなことは有り得ないが、しかし万
 が一出会ったとしたら、私をあなたの結婚相手の候補の一人に加えてもらいたい」
  美紀、あまりのことに、しばらく言葉が出ないでいる。が、
美紀「……そんなことを言われても……」
佐伯「いや、もちろん、今答をもらっても、来世には何の役にも立たないことはわかってます。
 ただ、その返事を聞いただけで、何となく希望が持てるような気がするんです」
佐伯「……はあ。……それならばお答えします。……はい、と」
  佐伯、顏をほころばせ、
佐伯「ありがとう。これで希望を持って死ねる」
美紀「……」
佐伯「……この二十年間、運命に復讐するようなつもりで、多くの人間を不幸にしてきた。そし
 て、巨万の富に囲まれれば少しは幸福になれるだろうと、仕事に没頭すればあなたを忘れられ
 るだろうと思って、ガムシャラに働いてきた。しかし、それが無駄だとわかったとき、こう考
 えた。自分はこの世に生まれてこなければよかった、生まれてきたのが間違いなんだと。……
 でも、今はそうは思わない。四十五年間、この日のために生きてきたんだ。……そんな気がする」
  佐伯、かすかに微笑すると、屋上へ消える。佐伯が立っていた場所には、キリストの小像が
  残っている。
  美紀、感動の色。

○ 同・屋上
  端にやってきた佐伯、地上を見下ろす。
  すると、雪の上を四台の黒い車がやってくるのが見える。
  ピストルを取り出して構える佐伯。
  四台の車、寺院から二十メートルほど離れた所に止まると、中から大勢の黒ずくめの男たち
  が降りてきて、銃を構え、寺院の入口へと向かう。
  そして男たちが途中まで来たとき、佐伯は一人一人を狙い撃ちする。
  男たち、あわてふためいて車の方へ戻る。が、すでに数人は佐伯の銃弾に倒れた。
  ギャングたち、車の陰に隠れて応戦し始める。
  佐伯、ピストルの弾がなくなると、ポケットに入っている別の銃と交換して、すぐに撃ち続
  ける。

○ 同・屋上・出口
  外から聞こえてくる銃声に脅えている美紀。

○ 同・屋上
  佐伯とギャングの激しい撃ち合いが続く。屋上から見ると、夜とはいえ、雪明かりと月光で、
  男たちの位置と動きは手に取るようによくわかる。それに対し、男たちから佐伯の動きは全
  く見えない。
  屋上の端は石の(とつ)型が連なっていて、それは佐伯が弾を防ぐのに都合よくなっている。佐伯
  は一つの石の間から姿を見せてギャングを攻撃したかと思うと、次はその右、その次は一つ
  置いた左、というふうに位置を変えながら撃ちまくる。そうかと思うと、小塔に登って怪物
  像の陰から姿を現し、ギャングを斜めから攻撃する。しかも、その狙いが恐ろしく正確である。
  ギャングはたまらなくなって車を移動させようとする。が、その運転しようとした男も撃た
  れ、あるいはタイヤが撃たれて、全く身動きができなくなる。そして、最初二十人近くいた
  男たちは、もう大半が死んでいる。佐伯、持っていたピストルの弾が皆なくなると、置いて
  ある木箱へ行き、別のピストルと交換する。

○ 同・屋上・出口
  脅えている美紀。

○ 佐伯邸・居間
  いらいらしながら待っている星。
  下男、入ってくると、恐る恐る星に近づき、
下男「あの……矢吹様はもうおいでにならないと思いますが」
星 「ふむ、妙だな。どこへ行ってるんだろ。……(下男を見て)佐伯社長はどうしてる」
下男「……はあ……あの、今、出かけておりますが」
星 「(顏をしかめ)出かけてる?……一人でか」
下男「(気おされるが)……はい」
星 「いや、そんなはずはない。彼は精神分裂病なんだ。(下男を(にら)むと立ちあがり)君、何か
 隠してるな」
下男「(たじろぐ)……」
  星、強い口調で、
星 「いいかい、君の旦那様は発狂して、禁治産者の宣告を受けたんだ。もし社長の命令で変な
 ことをしたら、君はおしまいだぞ。それとも刑務所にでも入りたいのか」
  下男、激しく動揺している。

○ 同・地下室
  前のときと同様、椅子にかけ、うずくまっている矢吹。廊下で人が近づいてくる音がしたの
  で、はっとして顏をあげる。
  ガチャガチャと鍵をあける音がし、ドアがあく。
  険しい表情で立ちあがる矢吹。
  入ってくる星。驚いた顔で矢吹を見る。
星「専務、いったいどうしてこんな所に……」
  しかし、矢吹は答えずに、星を押しのけると外へ飛び出す。

○ 同・地下の廊下
  鍵を持って突っ立っている下男。
  地下室から出てきた矢吹、階段へ向かって走る。
  続いて出てきた星、その矢吹に叫ぶ。
星「専務、私の報酬はどうなるんでしょうか」

○ 同・玄関
  ドアがあき、鞄を抱えた執事が入ってくる。今、用事を終えて帰ってきたのである。
  が、驚いて目を見開く。
  奥から矢吹が走ってきて、居間に消えたからである。
  さらに、星があわててやってきて、
 「専務、私の報酬は?」
  と言いながら、同じく居間へ行く。
  そして、そのあとから下男がトボトボとやってくる。が、執事に気づいて目が合うと、後ろ
  めたそうに目をそらし、そそくさと居間へ去る。
  執事、佐伯の命令に反して矢吹が出てきてしまったことに、大きなショックを受けたようで
  ある。少しフラつきながら、一歩一歩機械的に奥の方へ歩いてゆく。

○ 同・執事の部屋
  机の前に腰をおろしている執事、呆然とした表情で宙を見つめている。
  机の引出しを引くと、中からピストルが現れる。

○ 同・執事の部屋の前の廊下
  しばらく間をおいて、執事の部屋から銃声が聞こえる。

○ オリュンポス寺院・屋上・出口
  依然として外でしてる銃声に、脅えている美紀。

○ 同・屋上
  闘いつづけている佐伯。
  もう生き残っているギャングはわずかである。
  しかし佐伯、地上の向こうの方に目をやると、ハッとする。
  応援のギャングたちが、六台の車を連ねてやってきたのである。
  佐伯、それらの車が寺院のそばに来る前に、車のタイヤや運転している男を狙って撃ち始め
  る。そのために、すでに二台が立往生してしまっている。
  そこで、あとの四台は二方向に分かれ、二台は先に来ていた四台の車がある寺院の正面の方
  へ、あとの二台は側面の方へ回る。
  しかし佐伯、横に回った方の車に攻撃を加え、もうそれ以上は動けなくしてしまう。
  正面に回った二台からギャングたちが降りる。その中にはステッキを突いた男、すなわち淡
  口自身もいる。
  そして佐伯、前にいたギャングの生き残りと、正面の二台、それに斜めの位置にある二台、
  さらに側面へ行った二台の三つの方向のギャングと、雪の積もった屋上を行ったり来たりし
  ながら必死に闘い始める。

○ 同・屋上・出口
  不安そうな美紀、外が気になり、おもむろに立ちあがってコートを下に置くと、恐る恐るド
  アをあけてみる。
  すると、懸命に闘っている佐伯の姿が目に入る。

○ 同・屋上
  佐伯が側面のギャングと闘っているすきに、正面の一台の車が向きを変え、寺院に近づいて
  くる。その車の後ろには、援護射撃の用意をしながら二人の男が付いてきている。
  が、再び正面の方向に来た佐伯が、一発で車を運転している男を射殺する。

○ 車の中
  射殺された男は、その拍子にアクセルを強く踏んでしまう。

○ 寺院・屋上
  その車はスピードを上げて寺院に近づく。そのために、後ろに付いていた男たちはその場に
  取り残されてしまう。その二人を佐伯、直ちに射殺する。

○ 同・屋上・出口
  車が寺院に激突するドシンという音が響いてくる。
  外をのぞいていた美紀、反射的にドアを閉めると、壁際にあとずさり、恐怖に顏を引きつら
  せる。

○ 同・屋上
  寺院に激突した車を見て、淡口が思わず車の陰から飛び出してしまう。
  そこを佐伯、狙い撃つ。
  雪の上に倒れる馬の頭部をかたどったステッキの握り。
  しかし、その瞬間、佐伯も左腕を撃たれて倒れる。
  佐伯、顔をしかめて腕を押さえ、痛みをこらえる。が、再び立ちあがると、闘い続け始める。

○ 同・地上
  寺院の側面の方に、木が二、三本生えた所がある。一人のギャングがそこへ移動して、佐伯
  を撃っている。その男が、今までいた木のそばから位置を変えて、隣の木の陰へ移ろうとす
  る。が、なぜか、その右足の靴が雪の中に地面までズボッと入ってしまう。
  そこでその男、足元を調べてみる。すると、そこには網状(あみじょう)の鉄板がある。男、その鉄板をな
  んとか持ちあげて、中をのぞく。どうやら下水道の跡のようであり、中に降りられるように
  梯子(はしご)がかかっている。男、用心深くその暗闇の中に入ってゆく。

○ 同・屋上
  雪の上に点々と血を(したた)らせながら、最後の気力を振り絞って闘っている佐伯。

○ 同・一階の一室
  洗面所の跡のような場所である。床の鉄板が押しあげられ、先ほどの男が入ってくる。あた
  りを見回すと、銃を構えてドアをあけ、部屋の外に出る。


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