SABOの八つの世界   

      シナリオ『アフロディーテ』 5
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○ 同じ表通り
  前のシーンと同様、走る路面電車のけたたましいベルの音。そして同じく冬だが、通りに雪
  はない。

○ 路面電車の中
  座席にかけて本を読んでいる佐伯。しかし、二十五歳の若者である。
  車内はかなり混んでいる。そして入口近くに、同じく二十五歳の矢吹が立っている。
  矢吹、あたりに目を配り、はっとして佐伯に目を止める。そして、それが佐伯であることを
  確認すると、微笑する。
  佐伯、、肩をポンと叩かれたので本から顏を上げると、矢吹である。
佐伯「(微笑して)やあ、偶然だな、いつ乗った」
矢吹「今の駅さ。昼間から読書か。すると、もう元気は回復したようだな」
佐伯「僕は大丈夫さ。それより君のほうが少し元気がないように見えるぞ」
矢吹「僕?」
  佐伯の隣の乗客が立ちあがったので、矢吹はそこに腰を下ろす。少しして、二人の会話の最
  中に電車は駅に止まり、また走り出す。
矢吹「実は、もうすぐ転勤になりそうなんだ」
佐伯「転勤?」
矢吹「ああ、まだはっきり場所は決まってないんだが、気が重いよ」
佐伯「(微笑して)彼女と会えなくなるからか」
矢吹「図星だ。……(佐伯の呼んでいる本の表紙を見て)『不動産会社、経営の実際』……(顏
 をしかめ)おい、まだ()りないのか。この前の広告会社の借金も返してないのに」
佐伯「どうやら叔父が援助してくれそうなんだ。この前のときも、経営のやり方は悪くなかった。
 ただ、ついてなかったのさ」
矢吹「ふむ、叔父さんもいずれ破産だな、こんな(おい)がいちゃ」
佐伯「叔父の出資金は、今に何十倍にして返すつもりさ。これは叔父にとっても最も有利な投資
 なんだ」
矢吹「うむ、ま、そううまくいけばいいが、今度こそ借金で首が回らなくなって、ヘラー川に自

 殺死体が浮いていたなんてことにならないように気をつけるんだな」
佐伯「矢吹、僕に向かってそんな口をきいてもいいのか」
矢吹「ん?」
佐伯「君を今度の会社の重役にしてやろうかと思ってたのに」
矢吹「ふむ、重役か、悪くないな。しかし、専務兼小使なんてのは御免だぜ」
佐伯「心配はいらない。君には将来、営業用にベンツを与えよう、運転手付きのな」
矢吹「ふむ、そして社長はロールスロイスというわけか。ま、いい、どうせかなわぬ夢なら、で
 かい夢を見ることさ」
佐伯「矢吹、君には野心てものがないのか」
矢吹「実現不可能な野心なんか持つことより、今を楽しむことさ。それが俺の生き方だ」
  佐伯、話にならないというふうにため息をつくと、本の続きを読み始める。
  矢吹、あたりを見回し、入口のそばの二人の若い女性に目を止める。
矢吹「もっとも、別の方面の野心ならないこともない」
  そう言って、(ひじ)で佐伯をつつく。
  佐伯、顔を上げて矢吹を見ると、矢吹が目で示した方へ視線を移す。
矢吹「あの二人、なかなかいかすと思わないか。左のほうが顔はいいが、右のほうが胸が大きい。
 コートの上からでもだいたい見当がつく。長年の経験でな」
  しかし、佐伯は軽蔑した顔で矢吹を見ると、再び本に視線を戻す。
  その様子を見て矢吹、ややムッとして、
矢吹「佐伯、おまえいつも女の尻より本の一ページのほうが好きなような顏をしてるけど、もし
 かして男性としての機能に問題があるんじゃないのか。それとも、女より男のほうが好きなのか」
佐伯「矢吹、げすの勘ぐりはやめろ。本当の男というものは、女といちゃつく暇があったら、高
 い目標に向かって一歩でも前進すべきなんだ」
  矢吹、なかばあきれ、なかば感心したような顔で、何回もうなずく。
  佐伯、降りる駅が近づいたので、本を鞄の中にしまう。
佐伯「しかし佐伯、おまえだって女を好きになったことはあるんだろ。たとえばだ、おまえの初
 恋はいつだ」
佐伯「(平然と)そんなものはない」
  そう言って立ちあがると、出口の方へ向かう。
  その佐伯を唖然(あぜん)としてながめていた矢吹、急に立ちあがると、乗客を押しのけてあとを追う。
  そして、出口から降りようとする佐伯の腕をつかみ、
矢吹「佐伯、本当にこの世に生まれてから二十五歳のきょうまで、一度も女を好きになったこと
 はないのか」
佐伯「(やはり平然と)ない」
  矢吹が唖然として手を離すと、佐伯は離れていく。
  その佐伯を見ながら矢吹、
 「(つぶやく)異常だ……」
  電車、動き出す。
  が、突然、矢吹、出口から身を乗り出して佐伯を指さすと、叫ぶ。
 「一度、医者に()てもらったほうがいいぞ」

○ カメラ店の前
  裏通りにあるカメラ店。カメラの並んでいるショーウインドーに、やって来た佐伯の姿が映
  る。しばらくウインドーをのぞいていた佐伯、店のドアをあける。

○ 同・中
  ドアのベルがチンと鳴り、佐伯が入ってくる。
  佐伯、ショーケースの前に来ると、中腰で中をのぞく。次に、しゃがみ込む。
  店の奥から女店員がやって来る。菅野美紀(20)である。
美紀「いらっしゃいませ」
  とショーケースを隔てて佐伯の前に立つ。しかし佐伯は、黙ったまま熱心にケースの中のカ
  メラを見比べている。
佐伯「ちょっと、これとこれ見せてください」
  と二つのカメラを示す。
  美紀、しゃがんでケースの戸をあける。が、それと同時に、佐伯は立ちあがる。
美紀「これですか」
  とカメラの一つをさわる。
佐伯「ええ、それとこれ」
  とケースの上からもう一つを示す。
  しかし、まだお互いの顔は見えない。
  美紀、しゃがんだまま二つのカメラの一方を取り出すと、ケースの上に置く。
  それをいじる佐伯。
  美紀、もう一方のカメラを取り出すと、それを持って立ちあがり、同じくケースの上に置く。
  佐伯、もう一方の方もいじり始める。
  その佐伯とカメラを交互に見ている美紀。
佐伯「この二つはどう……」
  と言いながら顏を上げる。そして、ここで初めて美紀を見る。
  が、そのままその顔に見とれてしまい、言葉が続かない。
  その佐伯に、やや妙な顏をする美紀。
佐伯「(どぎまぎしながら)……あの……この二つは、その……性能がどう違うんでしょうか」
美紀「はあ……、あの、よくわからないんですけど、アルバイトですので」
  と、やや照れ笑いして言う。
佐伯「……あ、そうですか」
  と微笑する。
美紀「どうもすいません」
佐伯「……二十テミス位の違いでは、そんなに変わらないでしょうね」
美紀「はあ……(微笑して)と思いますけど」
佐伯「……じゃ、こっちのほう、ください。ペガサスの」
美紀「はい……ええと、(とカメラの型番を見)ペガサスのPX3」
  と言って後ろの棚から箱に入った商品を取り出し、袋に入れる。
  その間、佐伯は美紀を熱心に観察している。そしてその観察は、佐伯がこの店を出てゆくま
  で続く。
  佐伯、何か思いつくと、壁の方のショーケースに近づき、その中のストロボを見る。
佐伯「あと、交換レンズとストロボもください」
美紀「はい……ええと、どれになさいますか」
佐伯「交換レンズはペガサスの百ミリの、ストロボはこのダプネーの小さいやつ」
美紀「はい」
  と後ろの棚から商品を取り出す。そして、それを佐伯に見せ、
美紀「これでよろしいんですね」
佐伯「ええ、それです」
  美紀、それも袋に入れる。
美紀「あの、カメラをお買いあげの方には、フイルムを一本サービスすることになってますけど、
 どれになさいます」
佐伯「あ、そう。ええと……(とフイルムのケースを見)ヘラパン百でいいです」
美紀「はい」
  とフイルムを取り出して袋に入れ、レジへ行く。
  そのキーを打つ手、横顔を見つめている佐伯。
美紀「全部で三百七十テミスになります」
  佐伯、札を美紀に手渡す。
美紀「五百テミスお預かりします。……百三十テミスのお返しです」
  と釣り銭皿の上に釣を置く。
  佐伯、釣をしまうと、袋を持つ。
美紀「どうもありがとうございました」
  佐伯、出てゆく。

○ 同・前
  出てきた佐伯、何かぼんやりした表情で、数歩おもむろに歩く。が、立ち止まると、強くま
  ばたいて自分を包んでいる妙な感情を振り払おうとする。次に、店の方を振り返って何か考
  える。ゆっくりと店まで引き返すと、ショーウインドーの隅から、おずおずと中をのぞく。
  が、美紀はもういない。
  ため息をつくと、とぼとぼとその場を去る佐伯。

○ レストラン(夜)
  矢吹と二十三歳の野上、それに塚田(24)が同じテーブルを囲み、夕食を取っている。
塚田「ところで野上、卒論のテーマはもう決まったのか」
野上「いや、候補はいくつかあるけど、まだ最終的な決定にはいたっていない。どれも一長一短
 でな」
塚田「医学部精神医学科の卒論てのは、だいたいどんな内容なんだい」
野上「君たちが聞いたって、簡単には理解できないさ」
矢吹「なにもそう専門家しかわからないテーマばかり考えることはないだろう。もっと身近な題
 材を扱ったほうが、新鮮で注目されるかもしれないぞ」
野上「身近な題材って?」
矢吹「たとえば、こんなのはどうだ、『女嫌いの精神構造について』」
塚田「女嫌い?」
矢吹「ああ、近くにいいモデルがいる」
塚田「(愉快そうに)……佐伯か」
矢吹「きょう、市電の中で会ったとき、はっきりと聞き出したんだ。今まで一度も女を好きにな
 ったことはないってさ」
野上「ふむ、それは完璧なモデルだな」
  入口から佐伯が入ってくる。それを見つけた塚田、
塚田「おい、噂をすればなんとやらだ」
  あとの二人、その方を振り返る。
  やって来た佐伯、昼間に買ったカメラを持っている。
矢吹「やあ、ちょうど今、おまえさんの噂をしてたとこなんだぞ」
佐伯「(椅子に腰を下ろしながら)どうせろくな噂じゃないんだろう」
矢吹「いや、それも考え方しだい……(佐伯のカメラに気づき)おい、それどうしたんだ」
  水を持ってきたウエイター、
ウエイター「いらっしゃいませ」
佐伯「ハンバーグ定食」
ウエイター「はい」
  ウエイター、去る。
佐伯「買ったのさ、きょう」
矢吹「一体どこにそんな金があるんだ、借金生活の身で」
佐伯「これは前から買う予定だったんだ。欲しい物を我慢してるっていうのは、好きじゃないん
 でね」
塚田「おい、見せてくれよ」
  佐伯、カメラを塚田に手渡す。
  塚田、カメラをケースから出し、いじりながら、
塚田「すごい、一眼レフだな。いくらした」
佐伯「望遠レンズとストロボを合わせて三百七十テミス」
矢吹「(あきれて)三百七十テミス」
  とため息をつき、首を左右に振る。
佐伯「そこでちょっと聞きたいんだ。それのテストも兼ねた撮影で、何かいい被写体はないかな」
矢吹「俺たちを撮ったらどうだい」
  塚田、矢吹を撮るまねをして
塚田「はい、チーズ」
矢吹「(それに応じて)チー……」
佐伯「そんなつまらんものを撮るために大金を払ったわけじゃないんだ。もっと撮る価値のある
 ものさ」
矢吹「街中を撮ったらいいじゃないか」
佐伯「それならわざわざ聞きやしないさ。そんなありふれたものじゃなくて、もっと珍しいもの
 がないかな」
矢吹「珍しいもの?……そうだな」
  と考える。
  すると野上、
 「あのマリア像はどうだ」
塚田「マリア像?」
野上「ああ、(矢吹を見て)あのオリュンポス寺院のさ」
矢吹「(はっとした顔になり)いや、それはいいや」
  わけがわからないという顏をしている佐伯、
佐伯「オリュンポス寺院のマリア像って?」
矢吹「つまり、あの閉鎖されているオリュンポス寺院さ。今から四十年あまり前、パエトーンカ
 トリック教会ポセインドン支部が内部分裂した。そのとき両派ともオリュンポス寺院の所有権
 を主張して、いまだに決着がつかない。それは知ってるだろう」
佐伯「ああ」
野上「一時は裁判で争おうとしたんだが、宗教に関する問題は一般の裁判所にはなじまないとか
 言って中止してしまった。ところが宗教裁判所はもう廃止されているから、この問題は永久に
 棚上げ、寺院は閉鎖されたままというわけだ」
矢吹「もう両派とも、オリュンポス寺院の存在すら忘れてるんじゃないか」
野上「ところが、信じられないようなことが起こったんだ。先週、僕と矢吹はレンタカーを借り
 てオリュンポス寺院へ行った。もちろん、中へ入ろうなんてことは夢にも考えなかったさ。た
 だ、回りを見てみようと思ってね」
矢吹「そして僕が扉の前に立って、畜生、なんで閉鎖してるんだって叫んで、扉を思いきり押し
 たのさ。もちろん、ふざけてだが。ところがあろうことか、扉が動き出したんだ」
  と扉を押しあける格好をする。
野上「鍵が(こわ)れてたのさ」
矢吹「そして中を見学というわけだ。もちろん、見つかれば不法侵入罪で逮捕されるだろうが」
  興味をつのらせている様子の佐伯、
佐伯「……で、そのマリア像っていうのは何なんだい」
矢吹「それは礼拝堂にある伝説のマリア像さ」
佐伯「伝説のマリア像?」
矢吹「ああ、一風変わったマリア像でな。……ま、いい、百聞は一見にしかずだ。今度、案内し
 てやるよ。とにかく普通見られる代物(しろもの)じゃないんだからな、写真の被写体としては最適だろう」
佐伯「ああ、ぜひ頼むよ。あしたの日曜はどうだ」
矢吹「ああ、いいとも……(何か考えと、チラッと野上と目を合わせ)もっとも、一つだけ条件
 があるが」
佐伯「……条件って?」
矢吹「野上の卒論に協力してやってくれよ」
佐伯「卒論?」
野上「ああ、僕の質問に答えてもらいたい」
矢吹「テーマはこうさ、『女嫌いの精神構造について』」
佐伯「(うなずく)ははあ」
野上「つまり、なぜ君は女嫌いなのか」
佐伯「別に理由はないさ。僕はもともと人間ていう生きものが、あまり好きじゃない。特にその
 中でも女性という種族が性に合わないのさ」
野上「つまり、女嫌いも人間嫌いの一環というわけか」
塚田「それなら女も人間じゃなきゃいいわけだ」
野上「(変な顏をして)人間じゃない女って?」
塚田「(そう言われると困り)それはつまり……」
  すると佐伯、宙を見つめたまま、
 「……女神さ」
  三人、変な顏をして佐伯を見つめる。
野上「女神?」
佐伯「ああ」
  矢吹、その佐伯の言葉の意味を探ろうとし、
矢吹「それじゃ、現世での恋はあきらめなければならないな。あの世に行くまで」
佐伯「(三人から視線をそらしたまま)ところが会ったんだ、きょう」
  佐伯をのぞく三人、おたがいに顔を見合わせ、ありありと好奇心をのぞかせる。
塚田「ほう、女神様が地上をご視察というわけか」
野上「で、なにかい、そのアフロディーテは黄金のリンゴでも売ってたのかい」
佐伯「いや、彼女が売ってたのはそれさ」
  と塚田がテーブルの上に置いていたカメラを目で示す。
野上「ほう、カメラを売るアフロディーテとは、またモダンな神話だな」
矢吹「しかし佐伯、どうしておまえはその女が女神だってわかったんだい」
塚田「つまり、そのアフロディーテの特徴はなんだ」
  佐伯、少し考えるが、
佐伯「……特徴はただ一つ、完璧な美だ」
  三人、驚いたような顔でチラと目を合わせると、再びその視線を佐伯に集中させる。
野上「それなら間違いなく女神だな。僕は人間に完璧な美などは認めない」
矢吹「……そして、そのアフロディーテに一目(ひとめ)()れというわけか」
  と、やや感慨深げに佐伯を見つめている。佐伯、その矢吹とチラと目を合わすが、すぐに少
  しきまり悪そうに目を伏せる。
塚田「しかし、それが本当に女神かどうか確かめてみたいな。(野上と矢吹に)えっ、そうは思
 わないか。(佐伯に)おい、そのカメラ屋はどこにあるんだ」
佐伯「ん?」
  佐伯、やや困り、視線をあたりに泳がす。そして、窓に目を止めると、外は雪がちらついて
  いる。
 「あ、雪だ」
  と言う佐伯の視線を追って三人、窓の方を振り向く。
  すると佐伯、
 「積もるかな」
  と言いながら立ちあがり、窓の方へ行こうとする。
  が、塚田、すかさず佐伯の上着をつかんで引き止め、
塚田「おい、ごまかすなよ、教えろよ」
佐伯「なんだよ」
  と照れ笑いをしながら塚田の手を払い、窓際へ行く。
  窓の外では、暗い路地にちらつく雪が、店内から漏れる明かりを反射している。
  窓際の佐伯を見守っていた矢吹、気分よさそうに、
矢吹「おい、とにかく乾杯(かんぱい)しよう、彼の二十五歳の初恋に」
塚田「そして、そのアフロディーテに」
  三人、コップにビールをつぎ始める。
  佐伯、窓外の細かい雪を、夢見るような眼差しで見つめている。その佐伯の顔に、後ろで三
  人がコップを合わせる高い音が重なって……
                                  (O・L)


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