SABOの八つの世界   

      シナリオ『アフロディーテ』 8
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○ オリュンポス寺院・礼拝堂(夜)
  ゆっくりと扉が開き、佐伯が入ってくる。
  夜の礼拝堂は、暗く巨大な空間の中で、ステンドグラスから差し込む月光に当たっている部
  分が幻想的に浮かびあがり、昼間に来たときとは、また違った印象を与える。
  佐伯、マリア像を注視すると、そのまま近づいてゆく。
  そのマリア像にも月光が当たり、白い大理石は神秘的に輝いて、生きているかのように見える。
  マリア像の近くに来た佐伯、宙に半ば伸ばされたその右腕を凝視する。そして並んでいる机
  のうち一番前にあるのをマリア像の右腕の真下に運んできて、その上に椅子を載せる。次に、
  その椅子の上に登ると、思いきり背伸びしてマリア像の右手へ手を伸ばす。しかし、全く届
  かない。そこで佐伯、今度はもう一つ椅子を持ってきて、さらにその上に重ねる。ひどく不
  安定だ。しかし用心深くその上に載ると、恐る恐る立ちあがり、再び手を伸ばす。そして今
  度は届いた。佐伯の手は、マリア像の右手をしっかりと握る。佐伯、その手を見つめている
  視線を、そのままマリア像の顔に移す。そして、その美紀に似た美しさに見とれ、一瞬、我
  を忘れている。
  突然、椅子が崩れる。佐伯、はっとしてマリア像から手を離すが、次の瞬間には、椅子は床
  にぶち当たって転がり、佐伯は床に放り出されている。
  佐伯、おもむろに立ちあがると、痛そうに顏をしかめて打った腰をさする。が、どうやら怪我(けが)
  はせずにすんだようだ。そこで、再びマリア像を見あげると、その手を握った自分の右手
  を見、またマリア像に視線を戻す。そして、なかば無意識に右手の指先を唇に当て、そのま
  ま数歩あとずさる。次に、すばやく身を(ひるがえ)すと、扉まで一気に走る。再び後ろを振り返って
  マリア像を見つめるが、扉をあけると出てゆく。
  宙を見つめているマリア像。
                                  (O・L)

○ カメラ店の前の道
  雪はもう大部溶けている。やって来た佐伯、やや緊張した面持ちでカメラ店へ行く。
  その後ろで、雪の(かたまり)が家の(のき)からドサッと落ちる。

○ カメラ店の中
  入ってくる佐伯。チンと鳴るドアのベル。誰もいない。
  佐伯、ショーケースのそばに来ると、そわそわしながら店の奥へ通じるドアの方を、横目で
  チラと見たりしている。
  ドアがあく。佐伯、緊張してその方を見やる。が、入って来たのは、五十がらみのおじさん
  である。
  佐伯、思わずため息を漏らして目を伏せる。
主人「いらっしゃいませ」
佐伯「あの、現像とプリントをお願いしてたんですけど」
主人「はい、(と引き出しをあけ)どちら様でしょうか」
佐伯「佐伯といいます」
主人「佐伯様……はい、これですね」
  と袋を佐伯の前に置く。
  佐伯、何か言いたそうだが、ためらっている。
主人「四テミス二十三ディケイです」
  佐伯、札を渡す。
主人「五テミスお預かりします」
  と言ってレジをあける。
佐伯「あの……」
主人「(顏をあげ)はい?」
佐伯「菅野さんはきょうは来ないんですか」
主人「え? ああ、菅野さんならもうやめましたよ」
佐伯「(驚き)やめた?」
主人「はい、休暇中だけこっちの両親の家に来てたんですがね、休みが終わったんで学校へ戻っ
 たんです。七十七ディケイのお返しです」
  と釣を釣銭皿の上に置く。
佐伯「あの……その学校っていうのは、どこにあるんでしょうか」
  主人、やや怪訝そうに佐伯を見るが、
主人「いや……なんだかアフロディーテとか言ってましたけど」
佐伯「(つぶやく)アフロディーテ……(主人を見て)で、アフロディーテの何という学校ですか」
主人「(うさんくさそうに)さあ、そこまではちょっと聞いてませんが……」
佐伯「(力なく)そうですか……」
  佐伯、釣銭をしまうと、元気なく出入口の方へ向かう。
主人「どうもありがとうございました」

○ 同・前
  出てきた佐伯、その場に(たたず)むと、失望して考えこんでいる。そして受け取った袋を見ると、
  封を切る。
  その中のモノクロ写真の中から一枚を取り出す。あのマリア像の写真である。感慨深げにそ
  れを見つめている佐伯。別の写真を一枚取り出す。
  空きカンを指さしておどけている美紀の写真。

○ 佐伯の部屋(アパート)
  意気消沈してテーブルの前にかけている佐伯。やや離れた所に立っている矢吹。
矢吹「そうか、やめたのか。ま、しかたがないさ。彼女とは縁がなかったんだ。あきらめるしか
 ないな。しかし、アフロディーテとは彼女にふさわしい都市じゃないか」
佐伯「矢吹、もう黙っててくれないか」
矢吹「そうがっかりするなよ。(と佐伯に近づき)俺と塚田は来月アフロディーテへ転勤するか
 ら、もし彼女に会ったら、佐伯君がよろしくって言ったって伝えておこう。それに、おまえも
 ようやく女に興味を持ち始めたんだ。魅力的な女性は彼女だけじゃないってことは、だんだん
 わかってくるさ」
佐伯「……」
  矢吹、佐伯に向き合って腰を下ろすと、
矢吹「そうだ。この前、帰ってから思いついたよ、彼女が誰に似ているか。あの例の……」
佐伯「(矢吹の言葉をさえぎり)マリア像だろ」
矢吹「なんだ、わかってたのか」
佐伯「(考えこんでいる)……」
矢吹「ふむ、しかしだよ、ということは、彼女は例の彫刻家が二百年前に愛した女性に似てるっ
 てことじゃないか。ふむ、奇妙な偶然だな。……ところで佐伯、おまえ彫刻の才能はあるか」
佐伯「……いや、全然」
矢吹「ふむ、だろうな。なにしろ彼は天才だったんだからな」
佐伯「……」
  矢吹、テーブルの上に封筒が置いてあるのに気づく。それを手に取り、
矢吹「なんだ、これ」
佐伯「手紙さ」
  矢吹、封筒を裏返して差出人の名を見ると、驚く。
矢吹「おい、叔父さんからのじゃないか。待ちこがれてたやつだろ」
佐伯「(人ごとのように)ああ、そうだな」
矢吹「どうしてあけないんだ」
佐伯「あけてもいいよ」
  矢吹、変な顏をすると、佐伯の頬を軽く叩き、
矢吹「おい、大丈夫か。気をしっかり持てよ」
  しかし、佐伯、黙って目を伏せる。
  矢吹、封を切って手紙を取り出すと、読み始める。
矢吹「前略、おまえの手紙を何度も読み返した。確かにおまえの熱意はよくわかる。それに、今
 度の事業の計画が緻密(ちみつ)なものであることも理解できる。しかし、現実は机上(きじょう)の計画どおりにい
 くとはかぎらない。前の広告会社がいい例だ。(ここで読むのを中止して、佐伯に)ふむ、全
 くだ。いいことを言う。(再び読み続ける)全く経験のないおまえが、いきなり不動産業を始
 めるというのは、無茶だと思う。そこで一つ提案をしたい。私の知人に不動産業をやっている
 のがいる。そこでおまえは見習いをやり、いろいろな知識を吸収することだ。場所はアフロディ
 ーテ……」
  矢吹、驚いて佐伯と顏を見合わせる。
  佐伯、矢吹から手紙をひったくるようにして取ると、黙読する。そして信じられないような
  表情で、また矢吹と顏を見合わせる。
  矢吹、再び佐伯から手紙を取り、読み続ける。
矢吹「場所はアフロディーテ。数カ月の見習いで、もし独立する自信がつけば、そのときはまた
 相談に乗ろう。返事を待っている」
  矢吹、読み終えると、狐につままれたような顏をしている佐伯を見つめる。
矢吹「おい、どういうことだ、これは」
佐伯「ん? 何が」
矢吹「とぼけるなよ、アフロディーテじゃないか」
佐伯「ああ、そうだな」
矢吹「うれしくないのか」
佐伯「どうして」
矢吹「彼女に会えるかもしれないじゃないか」
佐伯「ばかな。小さな町とはわけが違う。大都市だぜ」
  佐伯、そう言いながらも、うれしい気持を隠しきれないでいる。
矢吹「しかし、可能性はゼロじゃない。だいたいあのマリア像以来、妙な偶然が重なってるじゃ
 ないか。公園で出会ったり……」
佐伯「(考えこんでいる)……」
矢吹「ま、いい。俺の転勤先でいい下宿屋が見つかったんだ。まだ空き室があったから、よかっ
 たら入るといい。あそこなら安く暮らせる」
佐伯「ああ……考えとくよ」
  と言って何か考えると、立ちあがる。そして寝室へ消える。
  変な顏をしている矢吹。

○ 同・寝室
  タンスの引き出しから袋を取り出す佐伯の手。中から美紀の写真を抜き出す。薄暗いので佐
  伯、窓際へ行き、その写真をいとおしそうに見つめる。次に、視線を宙に泳がすと、無意識
  に指先で下唇をこすり、その手を高く掲げる。
                                  (O・L)

○ 表通り(アフロディーテ)
  この街は、首都ポセイドンよりは、ややこぢんまりした印象を与えるが、その建物や路面電
  車や街路樹までもが気品があって、いかにも「芸術の都」といった感じである。
  人々は皆、春の装いだ。

○ 下宿屋・矢吹の部屋(夜)
  ドアをノックする音。
  ベッドに寝ころんでいた矢吹、
 「はい」
  ドアがあき、スーツを着た佐伯が入ってくる。何か憂鬱そうな様子である。元気なく椅子に
  腰を下ろす。
矢吹「どうした。ふむ、その様子から察すると、例の土地売買の件がうまくいかなかったな」
佐伯「もう一歩だったんだ。もう一歩で契約が成立するってところで、ほかにいい土地が見つか
 ったっていうんで逃げられた」
矢吹「そうがっかりするなよ。一度や二度の失敗で落ち込んでいたら、この先やっていけないぜ」
佐伯「……でも、こういう失敗は、もう一度や二度じゃない。ここに来てからもう三カ月近くに
 なるのに、大きな取引はまだ一件も成立していないんだ」
  矢吹、ため息をつくと立ちあがり、佐伯の前に立つ。
矢吹「佐伯、俺は思うんだけどな、おまえは実業家になるには、どうも何か足りないものがある
 ような気がする」
佐伯「……足りないものって?」
矢吹「つまりだな……おまえにはもう一つ性格的に弱い所があるし、それにこうした世界でゼロ
 から出発して大きな成功をおさめるには、非情さだって必要だ」
佐伯「非情さ?」
矢吹「ああ、そうさ。ときには人から憎まれることだって覚悟しなくちゃならない。しかし、お
 まえみたいにくそまじめで純情じゃどうかな。まず絶対、悪魔的人間にはなれっこないしな」
佐伯「……」
矢吹「もっとも、俺としては、天使が悪魔になんかなってほしくはないけど」
  と微笑する。
佐伯「(考えこんでいる)……」
  矢吹、置き時計を見、
矢吹「(めし)の時間だ、行こう」
  とドアをあける。
  佐伯、ため息をつくと、ゆっくりと立ちあがる。


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