SABOの八つの世界   

      シナリオ『アフロディーテ』 9
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○ 同・食堂(夜)
  普段着に着替えた佐伯が、キッチンから料理の載った盆を持ってきて、大きなテーブルの空
  いている席に着く。すでに食事の終わった男が、盆を持ってキッチンの方へ行く。
  テーブルにはすでに、矢吹と塚田、それに下宿屋のおかみさんと若い女性の下宿人が、食事
  をしている。
塚田「矢吹、ちょっと頼みがあるんだ」
矢吹「また、デートに着ていく上着を貸してくれっていうのか」
塚田「いや、今度はそうじゃない、タキシードさ」
矢吹「(驚いて)タキシードだって?」
塚田「ああ、来月、友達の結婚式があるんだ。俺のあのスーツじゃ、ちょっと貧弱だし、少々カ
 ッコつけたいと思ってな」
矢吹「でも、俺もタキシードなんて持ってないぜ」
塚田「とぼけたってだめだよ。今度あつらえる予定だって聞いたぜ」
矢吹「……しかし、サイズが合うかどうかわからないじゃないか、ズボンの」
塚田「いやあ、(矢吹の下半身を見ながら)ウエストだって足の長さだって同じぐらいだし……
 なあ、頼むよ」
矢吹「ふむ……まあ、条件次第だな」
塚田「条件って?」
矢吹「高級ウイスキーを一本」
塚田「それは無理な注文さ。……な、映画の観賞券二枚でどうだ」
矢吹「どうせ貰い物だろ」
塚田「それだって同じことじゃないか。明日は例によってアフロディーテ捜しに出かけるんだろ。
 映画館でバッタリ会うかもしれないぜ。何かの(めぐ)り合わせで」
おかみさん「なあに、そのアフロディーテ捜しって」
  佐伯、ドギマギして矢吹に目配せする。
矢吹「……それは僕たちの秘密です」
おかみさん「まあ、そう言われると、なおさら知りたいわ。ねえ、教えてよ、お願い」
塚田「つまり、こういうことです。佐伯と矢吹は、休日にはいつもこのアフロディーテでアフロ
 ディーテを捜しに出かける」
おかみさん「まあ……なおさらわけがわからないわ」
矢吹「では、それに説明を付け加えましょう。つまり、最初のアフロディーテというのは、ここ
 の地名、あとのは女神、つまり理想の女性ということです」
  佐伯、気が気じゃない。
おかみさん「まあ、ロマンチックね、理想の女性を捜すなんて」
下宿人「でも、一体どっちの理想の女性なの」
  佐伯、再び矢吹に黙っているように目配(めくば)せする。
  しかし、矢吹はかえってそれを面白がり、
矢吹「それはもちろん佐伯君ですよ。ポセイドンでその女性に一目惚れしたんだけど、彼女はア
 フロディーテへ行ってしまった。すると偶然にも、彼もここへ来ることになった。だから何か
 の運命じゃないかと思って、必死に捜しているというわけです」
  佐伯、あわてて弁解するように、
佐伯「別に本気で捜してるわけじゃないんです。ただ、休日に繁華街に出たときは、そうした別
 の目的も付け加えたほうが何かと楽しいですから。ほんの遊びの気持なんです」
矢吹「しかし、あのいつもの目つきは遊びとも思えんがね」
佐伯「……」
おかみさん「でも、何か手がかりはあるの? その女性の」
矢吹「いいえ、手がかりといえば、彼女はこの人口七十万人の都市のどこかにいる、ただそれだ
 けです」
下宿人「雲をつかむような話ね」
塚田「まず常識から考えれば、何十年捜しても見つからないな」
佐伯「……」
おかみさん「砂浜で一粒の砂を見つけるようなものだものね」
矢吹「ええ、そうです。(佐伯に)一粒の砂を見つけよう、なあ、佐伯」
  佐伯、考えこむ。
                                  (O・L)

○ 通り
  佐伯と矢吹、歩いてくる。
佐伯「矢吹、寝るのはかまわないど、いびきをかくのはやめろよ。回りの人たちの迷惑になる」
矢吹「文句なら、あの映画を作った人間に言ってくれ。あんなつまらない映画を作る奴が悪いん
 だから」
  佐伯、笑う。
  矢吹、一つのビルの入口前に立ち止まり、立てかけてある看板の文字を読む。
矢吹「アフロディーテ服飾デザイナー学院、卒業制作展示会場……(佐伯に)ちょっと見てみよ
 うか」
佐伯「服なんか興味がないね、まして素人(しろうと)の作ったのなんか」
矢吹「まあ、そう言わずにさ、ちょっとだけだから」
  と佐伯の腕をつかみ、中へ入る。

○ 展示会場
  貸しホール。数多くのマネキンが色とりどりの服を着て立っている。
  入ってきた佐伯と矢吹、見て回る。彼らのほかに十人ほどの見学者がいるが、大半は女性で
  ある。そのほかに二人の学院の女学生の係が立っている。
  矢吹は作品の前で立ち止まったりしているが、佐伯は興味なさそうにマネキンの前を通りす
  ぎてゆくので、二人の間は離れる。佐伯、しだいに服よりも見学者の女性たちのほうに目を
  向け始める。彼女たちの顔、顔、顔。どうやら美紀の姿を求めているらしい。しかし、もち
  ろんいるはずがない。
  佐伯、急に変な顏をして立ち止まる。おずおずと振り返ると、そこにあるのは、ほかと同じ 
 ような服を着たマネキンである。が、なぜか、そのドレスに強く引きつけられたようである。
  佐伯、吸い寄せられるようにそれに近づくと、注視する。次に、やや離れて全体を観察する。
  再び近づき、その一部をつまむ。そして愛撫するように、そのまま手を上の方へ()わせる。
 「あの、作品に手を触れないでください」
  という女性の声に、ギクッとしてその方を振り向く。
  立っているは、女学生の係Aである。
  離れた所にいた矢吹、変な顏をして佐伯の方を見る。
  佐伯、ドレスに触れている自分の手を見て、初めてそれに気がついたように、あわてて手を
  引っ込める。
佐伯「……あ、どうもすいません」
  女学生A、その場を離れてゆく。
  佐伯、ぼんやりした表情でその場に突っ立ち、再びそのドレスに目をやる。が、そばに来た
  矢吹と顏を合わせると、バツが悪そうにそこを離れる。
  矢吹、怪訝そうにそのドレスを眺める。
  ぼんやりと歩いている佐伯の背に矢吹の鋭い声。
 「おい、佐伯」
  佐伯、振り返ると、矢吹が来るように合図している。
  佐伯、何事かと思い、そこへ戻る。
  矢吹が例のドレスの下を凝視している。
  佐伯、その視線を追うと、そこにはそのドレスの作者の名が小さな紙に書いて置いてあるの
  である。
  それを見ている佐伯の顔が緊張する。
  それはまぎれもなく『C組 菅野美紀』という文字である。
  二人、思わず顏を見合わせる。
  唖然としている矢吹、あわててさっきの女学生を探し、近づいてゆく。
  佐伯、呆然として再びその名前を見つめている。その佐伯に、離れた所から矢吹と女学生A
  の会話が聞こえてくる。
矢吹の声「あの、ちょっとすいません。あのドレスの作者の菅野美紀さんて知ってますか」
女学生Aの声「は?」
矢吹の声「あの、ちょっと知り合いなんですけど」
  矢吹、女学生Aを連れて佐伯の所へやってくる。
女学生A「はあ、C組の人ですね。私はクラスが違いますから」
矢吹「誰か同じクラスの人はいませんか」
女学生A「いえ、今はちょっと……待ってください」
  と、もう一人の女学生の方へ行く。
  矢吹、佐伯にささやくように、
 「一粒の砂が見つかったな」
佐伯「……」
  女学生A、女学生Bを連れてくる。
女学生A「このC組の菅野さんていう人」
女学生B「さあ、知らないわ」
矢吹「実は彼が(と佐伯を見て)前に知ってたんですけど、別れ別れになってしまったんです。
 今、偶然名前を見つけたので、連絡が取れればと思いまして」
  佐伯、困ったような顏をして矢吹の服の袖を引っぱる。
女学生B「はあ……あの、私の友達にC組の人がいますので、話しておきましょうか」
佐伯「いえ、別にいいんです。そんなに親しい間柄(あいだがら)ではないので」
  矢吹、顏をしかめて佐伯の顏を見、
矢吹「何を言ってるんだ。(女学生Bに)学校はまだやってるんですか」
女学生B「いえ、もう授業はありませんけど、私の友達なら連絡がつくかもしれません」
矢吹「では、伝えておいてください。彼は佐伯っていいますけど」
佐伯「いえ、本当にいいんです。気にしないでください」
  そう言うと佐伯、顔をしかめている矢吹の腕を引っぱって出口の方へ向かう。
  二人の女学生、怪訝そうに顏を見合わせる。

○ 喫茶店
  佐伯と矢吹、コーヒーを前に腰かけている。矢吹は盛んに怒っている。
矢吹「いったい、どういうことなんだ。これは奇蹟なんだぞ。その奇蹟を自分で棒に振っちまい
 やがった」
佐伯「(元気なく)でもあんなこと言ったら、僕と彼女はずいぶん親しいみたいじゃないか。彼
 女に迷惑がかかるよ」
矢吹「何を言ってるんだ。これから親しくなろうってんじゃないか。そのためのきっかけを作ろ
 うとしたのに」
佐伯「……」
矢吹「今まであれほど会いたがってたんじゃないか。そしてそのチャンスがやっと来たのに、何
 をためらってるんだ。引っ込み思案もいいかげんにしろよ」
  矢吹、コーヒーの残りを一気に飲み干すと、怒ったように立ちあがる。
  佐伯、無言で宙を見つめている。その顔に、次のシーンの路面電車のベルの音がかぶさり……

○ 表通り(夜)
  路面電車が駅に止まる。手動のドアをあけ、待っていた二、三人の人々が乗り込む。
  向こうからスーツを着た佐伯がやってくる。路面電車を見つけると、その方へ走り出す。
  電車に最後に乗った初老の男、ドアを閉めかける。が、佐伯の
 「あ、ちょっと、すいません」
  という声に、再びドアをあける。電車に乗り込む佐伯。

○ 路面電車の中(夜)
  佐伯、ドアを閉めると、フーと息をつく。そして、電車が走り出すと同時に顏をあげ、ドア
  のガラス越しに外を見る。
  すると突然、向こうから美紀の姿が近づく。佐伯の目の前でガラス越しに満面に笑みを浮か
  べ、何か話している。が、次の瞬間には遠ざかる。
  佐伯、愕然(がくぜん)としてガラスに顏をすり寄せる。一瞬、どうしていいものかわからず激しく動揺
  するが、突然ドアをあけると、外へ飛び出す。
  ほかの乗客、びっくりしている。

○ 表通り(夜)
  路上にすっころがった佐伯、立ちあがる。
  近づいてきた美紀、
 「大丈夫ですか」
  佐伯、目を輝かせて美紀を見つめ、
佐伯「ええ、大丈夫」
  とズボンをはたく。
美紀「(笑みを浮かべて)いえ、本当だったんですね、私友達から聞いて……」
  佐伯、歩道へ行く。美紀も付いてゆく。
  佐伯、笑みを浮かべながらも、何か自分の目が信じられないというような表情で美紀を見つ
  めている。
佐伯「会っちゃいましたね、信じられないことだけど」
美紀「ええ、本当に……いつこちらへいらしたんですか」
佐伯「三カ月前です。こっちの不動産会社に勤めることになったので」
美紀「はあ……」
佐伯「そしてこの前の日曜にデザイナー学院の展示会に寄って、偶然菅野さんの作品に出会った
 んです」
美紀「はあ、聞きました。私の友達の友達があそこの係をやっていたので」
佐伯「そして、きょう、また偶然ここで菅野さんに出会った」
美紀「はあ、(と首をかしげ)何かの因縁(いんねん)かしら」
佐伯「(冗談とも本気ともつかぬ調子で)運命でしょう」
美紀「……」
  佐伯、あたりを見回すと、
佐伯「ここは人通りが多いから、あっちへ行きましょう」
美紀「はあ」
  佐伯、横道の方へ向かう。美紀も付いてゆく。

○ 横道(夜)
  佐伯と美紀、やってくる。
佐伯「この近くに住んでるの?」
美紀「ええ、今叔父の家で暮らしてるんです。この奥の方ですけど」
  と道の先の方を目で示す。
佐伯「そう……じゃ、僕の会社と同じ町に住んでたわけだ。僕が勤めているのは、ここから歩い
 て十分ぐらいだから」
美紀「はあ……」
  車が来たので二人、道の端に寄る。一瞬ヘッドライトに輝く美紀の顏を、佐伯は見つめる。
佐伯「あの……卒業制作のドレスはすばらしいですね。何か不思議と人を引きつける魅力がある」
美紀「(照れて)はあ、どうも」
佐伯「卒業したあとはプロになるんですか」
美紀「いえ……プロだなんて。でも将来自分の店が持てたらと思ってます。小さいのでも」
佐伯「そう。僕も将来は会社を持ちたいと思ってる。これは大きいほうがいいけど」
美紀「はあ……」
佐伯「じゃ、就職はしないんですか」
美紀「ええ、ここしばらくは叔父の店を手伝いつづけるつもりです。紳士服の店ですけど」
佐伯「紳士服の店?(と考え)……この奥にあったね、何ていったか、ええと……」
美紀「うちはオルフェウスっていいますけど」
佐伯「オルフェウス?……(目を輝かせ)あそこなの」
  美紀も同じく目を輝かせ、
美紀「え、そうです。知ってたんですか」
佐伯「あそこなら毎日通ってるよ、会社の行き帰りに」
美紀「ほんとに……」
佐伯「うん……いや、驚いたな。……で、店の手伝いはずうっとしてたの?」
美紀「ええ、学校に通ってたときはときどきでしたけど、今はほとんど毎日」
佐伯「そう……じゃ、今までも何回も知らず知らずに菅野さんの近くを通っていたかもしれない」
美紀「はあ……(小首をかしげ)何かの因縁かしら」
佐伯「(先ほどと同じように)運命でしょう」
  二人、少しの間、無言でこの不思議な偶然について考えている。
佐伯「じゃあ、きょうはこれで」
美紀「はあ……あの、よかったら今度、店に寄ってくださいね」
佐伯「ええ、喜んで」
美紀「じゃ、どうも」
佐伯「さようなら」
  美紀、離れていく。
  それを見送っていた佐伯、喜びを噛みしめると、身を(ひるがえ)して表通りへ向かう。


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